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その37.≪何故か、「吉原」⇒「たけくらべ」≫


メル友の松本幸龍さんが、3年後の「創作舞踊劇場」の「吉原」再演で、再び制作を担当する事になったと伺いました。あの「吉原」は実に強烈なインパクトのある作品で、今でもよく覚えていますが(とは言っても、テレビ中継で観たんですが)、感動したのと同時に、色々と疑問を感じた事も覚えています。3年後、どんな形に生まれ変わるのか、今から楽しみです。

「吉原」の独特の世界を描いた作品は、文学にも絵画にも芝居にも映画にも、枚挙に暇がないぐらい沢山ありますし、日舞でも「禿」「助六」「供奴」や、沢山の「傾城物」があります。でも「吉原」の、ドロドロした負の部分も含めた底知れぬエネルギーや、紫色の陽炎が燃え立つような不夜城の雰囲気が、観る人・読む人に強烈に伝わってくるような作品となると、なかなか見当たりません。その数少ない秀作の一つが、僕が8歳の時に観た新東宝映画「たけくらべ」でした。

樋口一葉の原作でも、この五所平之助監督の映画でも、吉原の内部を描写した部分は、ほんの少ししかありません。映画では、当時(1955年)「君の名は」で一躍人気女優となった「岸恵子」が、主人公「美登利」の姉の「大巻大夫」役で数カット出ていただけでした。僅か8歳の子供に、「吉原」のなんたるかが理解出来た筈がないんですが(笑)、それでも何故か作品全体を覆う「別世界」の雰囲気を、強烈に感じてしまったんです。後日原作を読んだ時にも、やはり同じものを感じました。これは決して僕が跳び抜けてマセてたからではなく、樋口一葉と五所平之助の稀有な才能が、幼い子供の心にも共振を起こさせたからに他ならないでしょう。

歌謡曲の歌手の「美空ひばり」が「美登利」を演じる事には、当時大変な批判があったと聞きましたが、その後テレビや舞台で観た「美登利」と比べても、やはり「美空ひばり」が最高だったと思います。門付けの新内流しの女におひねりを投げ与えて、平然と「明烏」を演奏させるようなコマッシャクレた小娘を、あんなに自然に演じて見せたた女優は、他には観た事がありません。ひよっとしたら五所監督は、「美空ひばり」がいたからこそ、「たけくらべ」の映画化を思い立ったのかもしれません。「たけくらべ」を題材にした舞踊曲も幾つかありますが、どうしても振付ける気になれないのは、やはり「美空ひばり」の「美登利」の印象が強過ぎるからかもしれませんネェ・・・

キャストの中で今でも印象に残っているのは、駄菓子屋のおばさんを演じた「山田五十鈴」と、高利貸の婆さんの孫息子「正太郎」を演じた「市川染五郎(現・松本幸四郎丈)」でした。駄菓子屋のおばさんは、原作を読む限りでは樋口一葉自身のようにも思われますが、映画ではもっと暗い過去を引きずっている中年女として描かれていて、素晴らしい存在感のある演技でした。自分の事を「あたい」と呼ぶような、ひ弱で頼りなくて翳のある「正太郎」を演じた染五郎も、大人が舌を巻くような名演だったと記憶しています。

芥川也寸志の音楽も素晴らしいものでしたが、映画の公開から10年も経たない内に、NHK大河ドラマ2作目の「赤穂浪士」のテーマ音楽に、ソックリそのまま使ったのには唖然としました。ひょっとしたら皆さんも、あのインパクトの強いテーマ音楽を覚えていらっしゃるかもしれませんが、あれは映画「たけくらべ」のタイトルバックの音楽だったんですヨ!ラストシーンの夕暮れの吉原の俯瞰映像は、あの音楽と共に今でも鮮明に脳裏に甦ります。「吉原」に飲み込まれて翻弄される少年少女の運命を、実に的確に表現した素晴らしい音楽だったのに・・・(涙)

樋口一葉の代表作としては、「たけくらべ」を推す人と「にごりえ」を推す人とに別れるようですが、少年少女の日常と淡い恋心を淡々と語りながら、その背後にある「吉原」という強大な世界を見事に描写している点で、僕はやはり「たけくらべ」が最高傑作だと思っています。そして僕が、中学時代から樋口一葉の作品にのめり込む事になったのは、実はあの映画の「たけくらべ」がキッカケだったように思います。もう一度観る機会があればと思いますが、ビデオは販売してないでしょうか。PCで検索しても、見つけることが出来ません(涙)。もしも観る方法をご存知の方がいらっしゃったら、是非教えて頂きたいです。




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